「星めぐりの歌」をめぐる話

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宮沢賢治
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中山歌子(右の写真、左の人物)

浅田次郎の近作長編「終わらざる夏」と、中島京子の昨年の直木賞受賞作「小さいおうち」のどちらの小説にも、宮沢賢治の「星めぐりの歌」が出てきます。「あかいめだまのさそり、ひろげた鷲のつばさ」と歌うこの歌は、1918年(大正7)作の賢治の童話「双子の星」の作中歌。作曲も賢治自身とされてきました。

大正8年に、ビゼーの作をもとに浅草有楽座で新芸術座のオペラ「カルメン」が上演され、人気を呼びました。その劇中歌として北原白秋作詞・中山晋平作曲の「酒場の唄」がつくられ、これを新進女優・中山歌子が「ダンスしましょか、カルタ切りましょか」と熱唱して、大流行します。前年秋、芸術座主宰者の島村抱月がスペイン風邪で死に、年が明けると、愛人だった女優の松井須磨子が後を追って楽屋で縊死、劇的な最期を遂げます。そこで急遽、中山歌子が抜擢され、彗星のように登場したのでした。

ところがなんと、「星めぐりの歌」のメロディーは、歌いだしから、この「酒場の唄」にそっくりそのままなのです。このころ、賢治はしばしば上京して、浅草オペラなどにも親しんでいたようです。みんなが歌っていた「酒場の唄」の旋律に、自作の詩をのせて、賢治も歌ったのでしょう。賢治はこういう「替え歌」づくりが得意だったそうです。やかましくいうなら「詩・宮沢賢治/曲・中山晋平」とすべきところでしょう。ソプラノ歌手の藍川由美さんが、著書でこのことを指摘したとき、熱心な賢治ファンの怒りを買ったとか(2011年1月22日付朝日新聞)。

歌の話はこれだけですが、ドラマはなおもつづきます。中山歌子は私生活もはなばなしく、スキャンダラスな話題もたくさんありました。10歳年下の「妹」(実は姪)、中山愛子も舞台に立たせ、この人も人気者になりました。1925年(大正14)9月5日、東京・大岡山の中山歌子邸に強盗が押し入り、愛子と愛子の夫、それに歌子の9歳になる養女の3人が絞殺されました。歌子は、たまたま病気療養のため自宅を離れていて無事でした。翌年、容疑者が検挙、起訴されましたが、獄中で病死します。3年後の昭和3年8月30日、今度は千住の醤油商が2人組の強盗に襲われ、一家3人が殺されます。容疑者の1人の妻が、愛子の夫の姉だとわかり、大岡山3人殺しも自供し、のち死刑が確定します。先に獄中死した人は、まったくの冤罪だったわけです。

愛子の死にショックを受けた歌子は、天理教の信仰に入り、各地を巡礼したそうですが、昭和3年、一人暮らしていた大岡山の自宅で亡くなりました。36歳。その5年後、宮沢賢治も37歳で世を去ります。

余話をもうひとつ。「カルメン」の舞台では、中山歌子は有名なタバコ工場の場面で「煙草のめのめ」という歌(これも白秋・晋平コンビの作)も歌い、これも評判になりました。1990年9月、晋平の故郷、長野県中野市で開かれた「晋平まつり」で、この「煙草のめのめ」を東京混声合唱団が演奏しようしたところ、地元の禁煙運動団体から「時代おくれだ」と強硬なクレームがつき、演目からはずす、という騒ぎがありました。
by yagi070 | 2011-01-24 21:19 |
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