<   2006年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

季節の壁紙~ネムノキ

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ネムノキ(合歓木)
紅色の糸のようなのは、雄シベ。小さな粒のようなのはツボミ。秋には豆ができます。夕方になると葉が眠り草のように垂れさがるので「眠りの木」→「ネムノキ」、または「ネブノキ」。
ことしはネムの花の咲き出しも、一週間ほど遅れているようです。芭蕉のように絶世の美女を連想するわけでもありませんが、毎年、木が薄紅に煙る、夢のような光景を見せてくれます。「年々の夢はかなくも合歓よ咲け」。
by yagi070 | 2006-06-19 15:58 |

季節の壁紙~アジサイ

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アジサイ(紫陽花)
通りかかるたびに色が変わっているのは、「七変化(しちへんげ)」の別名そのまま。ガクに囲まれた小さな花の鮮やかなトルコ・ブルーが目をひきます。
「かすむ湖 その水よりも/乙女の深い恋の色の 紫陽花哀し/初恋だけが 恋だった/そんな時代の 絵模様見せて/近江大津の 雨が降り続く/想い流しの 雨が降りやまぬ」。紫陽花の歌はおびただしくありますが、これは、 美空ひばりの「紫陽花」(小椋佳詞曲)。
by yagi070 | 2006-06-19 15:39 |

タイサンボク

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タイサンボク(泰山木)
学名「マグノリア・グランディフローラ」(巨大花マグノリア)。この豪快な大きさといい、高い香りといい、花の王の風格です。芯の鮮やかな赤い色を撮ろうとすると、花びらが痛んでしまっているので、撮影チャンスのむずかしい花です。「泰山」は中国・山東省の霊山。この花に霊気を感じての命名でしょうが、実は明治6年(1873)北アメリカから渡来。
「露のはれまのひといこい/月の天使の白たえか/天津おとめの羽衣か/れいこうあたりにふくいくと/泰山木の花咲きぬ 散りてはかなき人の世の/人のさだめを思いつつ/あいのたつきはつれづれに/れいこうあたりにふくいくと/泰山木の花よせぬ」。古めかしい歌詞ですが、これは「番傘」の川柳作家でもあった、私の亡父による「泰山木の歌」。松本勝男氏の曲がつき、同志社大学グリー・クラブによって歌われました。父が71歳で没して43年、私も同じ年になりました。
by yagi070 | 2006-06-08 17:39 |

ヤマボウシ

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ヤマボウシ(山法師)
花びら(実はホウ)の先端の尖っているのがヤマボウシ。へこんでいるのがハナミズキ。真ん中の緑色の花のかたまりを法師の坊主頭、白い花びらを頭巾に見立てた命名。「山帽子」とも書きます。
by yagi070 | 2006-06-08 17:16 |

季節の壁紙~ゴデチア

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ゴデチア
または「ゴーデチア」。「ゴテチャ」と呼んでいる人もいます。これが「オオマツヨイグサ」と同じアカバナ科で、和名も「イロマツヨイグサ(色待宵草)」。花がサテン生地のように美しいので英名は「サテン・フラワー」。「フェアウェル・トゥ・スプリング(春よさらば)」という、しゃれた名も持っています。
by yagi070 | 2006-06-05 19:37 |

季節の壁紙~オオマツヨイグサ

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オオマツヨイグサ(大待宵草)
通称「月見草」または「宵待草」。ほんとうの「ツキミソウ」は、白い花の別種。竹久夢二の「待てど暮らせど」も、太宰治の「富士には月見草がよく似合う」も、みんなこの黄色いオオマツヨイグサ。この仲間は、しおれると花が赤く変色するものがあるので、酩酊して顔が赤くなることにたとえ、学名の「オノエテラ」はラテン語の「オイノス(酒)」と「テラ(飲む)」から。「月見草」よりも「月見酒草」といったほうがよいかもしれませんね。明治の初めにアメリカら来た花ですから、古典には登場しません。
夢二の歌の楽譜は、3版までは「待宵草」だったのですが、4版からは「宵待草」に変わりました。そのほうがゴロがよいと、夢二が考えたからでしょう。この歌は一番しかなかったので、西条八十が二番を補作したのですが「宵待草の花散りぬ」とやったために、「宵待草の花は散らず、シボムだけ」と苦情が出て、「宵待草の花の露」と改めました。ほかの歌では「はるかに海のみえる丘」の童謡「月見草の花」もいいのですが、私は「夕霧こめし草山にほのかに咲きぬ黄なる花」の高等小学校唱歌「月見草」が大好きです。
「月の光を浴びて咲く」といいたいところですが、そんな写真はとても手に負えませんから、これは真昼間に撮りました。
by yagi070 | 2006-06-05 19:26 |

藤田嗣治展

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京都国立近代美術館の「生誕120年 藤田嗣治展」が始まりました(7月23日まで)。藤田は江戸っ子。父は森鴎外の部下で、のちに軍医総監になった人です。27歳で渡仏、西洋絵画に、面相筆の墨の繊細な線描などの日本画の技法を融和させた、独特の画風を開拓して、成功。カンバスにも工夫をこらして創出した独自の「乳白」色の女性の肌の表現が人気を集めました。表情ゆたかな猫や、吊り目の子ども、それに自身のオカッパ頭やロイド眼鏡も藤田のトレードマークです。戦時中に多くの戦争画を制作したことから、戦後は批判され、日本国籍を捨ててフランスに去り、1968年にカトリック教徒として81歳の生涯を終えました。傑作ぞろい、見どころたっぷりの展覧会ですが、私はとくに、戦争画と、晩年の宗教画に惹かれました。
by yagi070 | 2006-06-01 20:48 | 展覧会